LVMHプライズ グランプリを受賞した対極的デザイナー二人の共通点とは
Edit & Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Photo by TAWARA(magNese)
取材協力 DOVER STREET MARKET GINZA
対極な二人の共通点
新鋭ファッションデザイナーを支援するアワードとして世界中から注目集めるLVMHプライズ(LVMH PRIZE for Young Fashion Designers)。賞金総額80万ユーロ(約1億2800万円)、LVMHグループからの支援も受けられるなどの特典もあるが、現在選考中の2024年度が応募総数2500通(!)を超えたとされる背景には、ファイナリスト8組に残るだけでも飛躍的にブランドへの注目が高まるというメリット、そして栄誉の側面の方が大きいだろう。
そのアワードで2018年にアジア人として初となるグランプリを受賞したのが、過去にHONEYEE.COMでも取材をしている奇想のデザイナー、doubletの 井野将之 だ。そしてその5年後の2023年、日本人デザイナーとして再び快挙を成し遂げたのが、イタリアを拠点とするブランド SETCHU のデザイナー 桑田悟史 である。
20代前半でイギリスのサヴィルロウでテーラリングを、そしてセントラル・セントマーチンズでもデザインを学び、その後Gareth Pugh(ガレス・ピュー)、GIVENCHY(ジバンシイ)、EDUN(イードゥン)、さらにはYe(カニエ・ウェスト)のYEEZY などでデザイナーとしての経歴を積み上げた桑田は2020年にSETCHUをスタート。その3年後にこの栄誉を勝ち取っている。
今回、DOVER STREET MARKET GINZA(以下DSMG) でSETCHUの取り扱いがスタートし、ミラノを拠点にする桑田が久しぶりに来日するということで、DSMGの取り計らいにより取材の機会を得た。
そこでHONEYEE.COMでは、ともにLVMHプライズ グランプリ受賞者であり、DOVER STREET MARKET でも取り扱いがあるという共通点を持つ二人による対談取材をオファーした。
明確なシーズンテーマを設け、ユーモアかつ遊び心のある服作りで世界の服好きを魅了するdoublet。素材や生地を追求しながら、高度なテーラリングと和装を背景に“和洋折衷”を表現するSETCHU。
その作り手両名による対話は、対比に富んだものでありながらも、“対極”とは言い難い着地を得た。
LVMHプライズが開いた扉
― 同じLVMHプライズのグランプリ受賞者として、桑田さんはどのようにdoubletや井野さんを見ていましたか。
桑田 : 井野さんのことは目標にするデザイナーのうちの一人として見ていました。海外での評価もすごく高いので、よく耳にしていましたし、憧れる存在でもありました。
ー doubletは海外ではどのように評価されているのですか?
桑田 : ユニーク(=独自性がある)じゃないと海外では評価されないのですが、井野さんの場合、創造性、物づくり、クオリティのバランスが素晴らしい、と。このDOVER STREET MARKET もそうですが、インターナショナルが求めるクオリティがあり、その中に創造性も入っているというバランス感は、世界のブランドの中でも秀でていると思います。
― 井野さんはSETCHUというブランドをどうご覧になっていましたか。
井野 : SETCHUというブランドについては、海外セールスをしている友人から「すごく面白いブランドがある」と聞いていました。グランプリを獲ったと聞いた時は嬉しくなって、DMでテキストを送ったんです。あの瞬間って、ものすごくいっぱいメッセージが来るじゃないですか?
桑田 : いただきましたね。
井野 : 僕が送ったメッセージも埋もれちゃうかなと思っていたら、すぐに返信いただいて。だから僕の印象は「すぐに返事をくれたいい人」(笑)。
桑田 : 受け取った僕は「わー、本物だ!」って思っていました(笑)。
― 2018年のLVMHプライズが井野さん、doubletにもたらしたものは何だったのでしょうか。
井野 : 当時はまだ日本国内で知ってくれている人が少し増えて来た程度で、海外に発信したくてもなかなか出来なかったんですけど、それが一転して世界中の人に知ってもらえたのは大きかったですね。
― 感覚的には「ドアが開いた」ような感じですか。
井野 : そうですね。耳を傾けてくれるというか、興味のドアを少し開けてくれる人が世界中で増えたような感じです。
桑田 : 僕の場合は逆に、「日本への扉が開いた」ような感じでした。LVMHプライズは国ごとに審査員がいて、まずはそこから推薦されるんですけど、SETCHUは日本ではなく、イタリア・フランス枠で勧めてもらっていたんです。イタリアではある程度知名度が出来ていたのですが、日本では誰も知らないという感じだったので、そこから日本のジャーナリストやメディアにも注目いただけるようになりました。
― その扉は両開きだった、という。
桑田 : でも、(日本人として)井野さんが先に獲っていたというのはすごく大きかったです。僕も獲るための努力はがむしゃらにやりましたけど、獲れるとまでは思っていなかったんです。物凄いメンバーの中から選ばれるわけだし、歴代受賞者の方々の功績で、賞の存在感も年々大きくなっているので。
それぞれの服作り哲学
― SETCHU には“ORIGAMI”、”HAKAMA“など、印象的なシリーズのアイテムがあります。そうした日本的服作りのアプローチは、過去にも日本のデザイナーやブランドがトライしてきたことでもあると思うのですが、それを改めて問い、受け入れられた背景をどのようにお考えですか?
桑田 : タイミング的なものもあると思いますが、僕の場合、約20年、人生の半分を海外に住んでいるもあって、誰よりも日本が好きなんです。そして日本の良さを海外目線で見るようになったんですね。“GEISHA”だったり“ORIGAMI”だったり、ベタな名称をつけているのはあえてなのですが、僕のユニークさ(独自性)は、日本人でありながらサヴィルロウでトレーニングをしたことであり、そのベースの上で”和洋折衷“をコンセプトに、ある意味分かり易いものを作ったことがあると思います。今後はそれをより深化させて行こうと考えています。
― SETCHUはシーズンを跨いでキャリーオーバーするアイテムや、アップデートをしているものも多いです。一方doubletは、シーズンごとにくっきりとしたテーマがあり、前のシーズンとは全く違う物作りをしています。doubletの大胆なアイデアやテーマ設定は、時として形にするのが難しかったり、アイデアが枯渇する不安もあるのではないかと思うのですが、井野さんのその原動力はどこから来ているのですか。
井野 : 僕はどうしても「服を作る意味」が欲しいんです。パンデミックになる前ぐらいから、「そんなに洋服って要るのかな」という気持ちがあって。作って廃棄されるファッションの流れの中で、僕らはモノを作ってお金にしています。そういう中では“服を作る絶対的な理由”がないと、単なる消耗品を作ることになってしまいます。毎シーズン、イメージも変わって違うものも出すんですけど、毎回その商品を通して伝えたいことがあるんですね。ただ見栄えだけで、「ハデで面白いでしょ?」ではなく、その裏側にある“作る理由”も届けたい。それは着た人、見た人が前向きな気持ちになったり、着ていたら話しかけられて友達になったりすることも含めてです。
― doubletはまさに会話が生まれる服ですよね。
井野 : そして使う素材にしても、単に消耗するための素材じゃなくて、何か発展途上の機能素材だったり、リサイクルしたものであって欲しいんです。例えばコットンTシャツでも、同じ見た目で何もかも一緒だったら、リサイクル素材の方が僕は嬉しい。もっと言えば、「本気で作った服」と「お金を得るために作った服」だったら、やっぱり本気の服の方が欲しいんです。それを言葉じゃない形で伝えるために、パリでコレクションをやったり、変な動画を作ったりしているところがあります。
それぞれの“世界への伝え方”
― doubletには日本人だからこそ分かるユニークさもありますよね。特に動画は日本人じゃないと分からない元ネタやオマージュも多いですし、日本語だけのコンテンツも多いです。すでにグローバルな存在でありながら、そういうアウトプットをしているのはなぜですか?
井野 : 僕は基本、日本と海外に隔たりはないと考えているんです。実際僕はほとんど英語も喋れないし、海外の人とのコミュニケーションはいつもカタコトやボディランゲージ。それでも言いたいことは伝わっている感覚があります。「日本だからこういうやり方」、「世界に出るならこういうやり方」をする必要はないんじゃないかと。純粋に自分が面白いと思っていることは、世界の人も変わらず面白いと思ってもらえると思うし、逆に向こうに合わせようとすると、余計なエゴやビジネス感が出てしまって、結果自分らしさがなくなってしまうので。
― なるほど。一方でSETCHUのオンラインでは、それぞれのアイテムの着方や畳み方などを、シンプルな映像で伝えていますよね。
桑田 : 僕の場合は単純なんですけど、子供の頃にプラモデルがすごく欲しかったので、“説明書”に憧れがあって、それの延長でワクワクしながらビデオを作っているところがあります。
― ともに世界に向けて伝えているはずなのに、双方のアプローチが全く違うというのが面白いです。共通するのは、どちらも計算ではなく、ご自身に正直に作っている点でしょうか。他にどこかお互いに感じる共通点はありますか?
井野 : パリでSETCHUの展示会にお邪魔したのですが、実際に拝見すると、単純に着たくなる服、袖を通したくなる服だったし、服に対して考えていることは近いところがあるんじゃないかと思いました。すごくクリエイティブだし、ワクワクするという点でも一緒な気がします。勝手に一緒にしてごめんなさい(笑)。
桑田 : いやいや(笑)。僕も「妥協をしない」という部分が一緒な気がします。doubletは洋服もすごく丁寧に作られていて、その中にアイロニーもある。SETCHUとは世界観も違いますし、お客さんも違うかもしれないけど、“妥協したようなものは世に出さない”、そこが共通していると思います。
― 最後に少し大きな質問ですが、お二人は今の世界のファッションをどうご覧になっていますか?
井野 : ちなみに桑田さんは好きなブランドってあるんですか?
桑田 : 昔好きだったのは、Maison MIHARA YASUHIROの服ですね。
井野 : えー、なんか嬉しい。(※ 井野はMaison MIHARA YASUHIROの出身)
桑田 : 僕が中学高校生のとき、まずカッコいいなと思ったブランドでした。Yohji Yamamotoも好きでしたね。その頃と比較すると、今は随分幅が広がりましたよね。昔よりブランドも細分化もして、チョイスも増えたので、そういう意味でどんどん面白くなっていると思います。ファッション業界自体はヨーロッパの目線で言えばマーケティング化が進んでいるので、自分のブランドをやってて良かったと思いました。
― それはどういう意味ですか?
桑田 : マーケティングの発想だと、「売れそうなもの」を作らざるを得なくなるんです。大きい会社に働いていた時は、「作りたくないけど、売れるから作らないと」、というのがありましたけど、今は本当に作りたいものを作らせてもらえています。僕や井野さんは「作りたくないもの」は作らなくていいんです。もちろん成績は跳ね返ってくるので、責任は取らなくてはならないけど、ある意味マーケティングではない、自分に正直な、時代に逆らった物作りが出来ているのは幸せですね。
井野 : そうですね。近年のファッションショーには、スターみたいな人たちが来るようになっていて、それが嫌な人もいるかもしれませんが、僕はそういう新しいやり方が生まれているのは割と楽しいと思っていて。そこに同調してもいいし、対比的に真逆のことをやってもいいわけですし。今は昔よりもトレンドもボヤけてきていると思うのですが、その中だからこそ、いろんな可能性があると感じます。「これを着ているのがカッコいい」、「これを着ているのが正義」ではなくて、「私はこれが好きで着ています」という人が増えている面白い時代だと思いますね。
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10 questions to MASAYUKI INO(doublet) & SATOSHI KUWATA(SETCHU)
- 最近ルーティンにしていることを教えてください。
桑田 : 釣りです。海釣りも川釣りもやりますし、行く場所によって変えて楽しんでいます。
井野 : サウナに行くこと、です。
2. 最近よく聴いている音楽は?
桑田 : 最近またヒップホップを聴くようになって、EMINEMをよく聴いています。20年前くらいにロンドンに初めて行った頃によく聴いていた音楽なんですけどね。
井野 : 浜崎あゆみ。服の制作の時、夜中とか聴いていると不思議と集中できるんです。僕も20年前くらいの音楽ですね(笑)。
3. 最近観た映画(映像作品)の中で印象に残っているのは?
桑田 : 毎晩欠かさず見ているのは、「SHIMANO TV」。釣りメーカーのSHIMANOがやってるYouTubeで、あれを観るとよく眠れるんです(笑)。
井野 : 最近だとNETFLIXの『地面師たち』。あれは非常に面白かったですね。
4. 近年読んだ本の中で面白かったものは?
桑田 : 僕はあまり本を読まないので、特にないかもしれないです。
井野 : マンガですけど、『バンオウ-盤王』。将棋の話なのですが、主人公が300年将棋をやり続けている吸血鬼という設定で面白い。
5. 日本で一番お気に入りの場所は?
桑田 : 福岡が好きですね。街の大きさが僕にとって程よいんです。
井野 : いま頭に浮かんだのは、埼玉にある「草加健康センター」です。
6. よく飲むお酒の種類は?
桑田 : ビール。高級なディナーに誘われても僕はビール派。イタリアのビールは日本ほど美味しくないので、あれば日本のビールを頼みます。
井野 : 僕もずっとビール派です。
7. スマートフォンのアプリで「3つだけ残していい」と言われたら何を残す?
桑田 : 「WhatsApp」と「メール」と「写真(カメラ)」。それがないと仕事が出来ないので。
井野 : 普通に答えるなら、「LINE」、「インスタ」、「(めざまし)時計」。お気に入りの変なアプリもあるんですけど、3つの中に入れるのは難しい(笑)。
8. 今一番欲しいものは?
桑田 : アフリカへの釣り旅行に行きたいですね。
井野 : フレンチブルドックを飼っているんですけど、夏暑くて日中散歩ができないので、クーラーの効いているドッグランが欲しいです。
9. 自分が絶対にやらないと決めていることは?
桑田 : それを決めないこと。やらないと決めることはしないようにしています。
井野 : 諦めること。諦めずに信じてやってきたから今があると思うし、新しいアイデアでも物理的にどうしようもないこと以外はできる限り形にして表現してきたと思っています。
10. 自分にとって服作りとは?
桑田 : いろんな意味で「勉強ができるもの」。人との交流もそうだし、洋服作りを通して人生を勉強させてもらっています。
井野 : 「生活」になっていますね。服だけというよりも、ものを作ることを考えることが。
Profile
桑田悟史 | Satoshi Kuwata(SETCHU)
1983年京都生まれ。高校卒業後に、大手セレクトショップで働き、21歳で渡英。サヴィルロウのHUNTSMAN(ハンツマン)などでテーラリングを学び、セントラル・セント・マーチンズにも進学。その後Gareth Pugh(ガレス・ピュー)、GIVENCHY(ジバンシイ)、EDUN(イードゥン)、Ye(カニエ・ウェスト)のYEEZY などでデザイナーとしての経歴を積み、2020年にSETCHUをスタート。LVMHプライズ2023のグランプリを獲得。
SETCHU(セッチュウ)
https://www.laesetchu.com
https://www.instagram.com/setchu.official/
井野将之 | Masayuki Ino
1979年群馬・前橋市生まれ。東京モード学園を卒業後に大手アパレル会社に就職し、独立。ブランド立ち上げには至らず、浅草のベルト工場で働き、Maison MIHARA YASUHIROの三原康裕に師事する。2012年に独立してdoubletを設立。2018年にアジア人初となるLVMHプライズのグランプリを受賞。現在もパリメンズコレクションから発信を続けている。
doublet (ダブレット)
https://doublet-jp.com
https://www.instagram.com/__doublet__/
https://shop.doublet-jp.com
[編集後記]
6月のパリ・メンズコレクションのシーズン中、doubletのインスタグラムのストーリーズで、井野さんと桑田さんが初対面しているシーンを見た。「同じLVMHプライズを獲った同士で、どんな会話をしているんだろう」と興味を持って見ていたが、今回DSMGのおかげでその対談が実現できた。正反対とも言えるお二人の中にあった共通点、それは「妥協のない、作りたいものに忠実」なピュアさだった。日本からこうしたブランドが生まれていることは誇りに感じるし、お二人の活躍には今後も注視して行きたい。(武井)