nonnative 藤井隆行 と ゴア社が語る「機能素材の帝王」の真実
Edit & Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Photo by Rintaro Ishige
“GUARANTEED TO KEEP YOU DRY”
おそらくHONEYEE.COM の読者は、GORE-TEX (ゴアテックス) 搭載のプロダクトを1つや2つ持っているはずだ。アウトドアだけでなく、シティユースで着用している人も多いだろうし、GORE-TEX のスニーカーもすっかり定着している。
ところでGORE-TEX プロダクトとは何なのか、本当にそれを理解して使っているだろうか。
防水だけを求めるならゴム引きのレインウェアでもいい。ただそれだと雨の浸入は防いでくれるが、その内側の汗や湿気も閉じ込めてしまい、多少不快な思いをすることになる。
防水だけでなく、汗をかいた中の湿気は外に逃してくれる性能、防水と透湿の両方を兼ね備えていることこそがGORE-TEX の真の価値だ。だからGORE-TEX 製品のタグには“GUARANTEED TO KEEP YOU DRY”という文言が堂々と書かれている。
そのGORE-TEX は、この15年ほどの間にアウトドアウェアだけでなく、ファッションプロダクトにも搭載されるようになったが、実はその潮流はこの日本から始まっていたことをご存知だろうか。
2000年台後半あたりから、日本の一部のファッションクリエイターたちは、世界に先んじてGORE-TEX素材に着目し、ファッションにおける機能面を引き上げてきた。中でも早期にGORE-TEX素材の使用を開始し、現在も引き続きそれを用いたアイテムを生み出し続けているのが、nonnative (ノンネイティブ) のデザイナー、藤井隆行だ。
実はさまざまな革新的なGORE-TEX の使い方を続けてきた藤井。「GORE-TEX とはなんぞや?」を改めて聞くに際して最適な人物であるが、今回は特別にGORE-TEX を代表し、日本ゴア合同会社のGORE-TEXブランド マーケティング担当 平井康博氏が取材に参加してくれた。
衣類だけではないGORE-TEX の用途、そして進化を続けるGORE-TEX PRODUCTSの魅力とは。
厳しい審査が伴うGORE-TEX PRODUCTS
nonnative のプロダクトは都会的日常を考え尽くされたデザイン、シンプルでいて独特のシルエットやカラー展開にアイデンティティがある。使う素材は綿やウールなどの天然素材が中心だが、シーズンのコレクションの中には必ずGORE-TEX プロダクトやWINDSTOPPER® プロダクト by GORE-TEX LABS というゴア社の機能素材を用いたアイテムが存在する。
藤井 : GORE-TEX素材を最初に使い始めたのは、2008年のシーズンです。もともとPatagonia(パタゴニア)やARC’TERYX(アークテリクス)が好きだったので、いつかGORE-TEX を使いたいと漠然と思っていました。当時すでに日本のストリートブランドもいくつかのブランドは使い始めていたので、割と軽い気持ちで打診したんです。
しかしGORE-TEX素材を使うには、かなり厳密なルールや品質基準があることを藤井は知ることになる。GORE-TEX は生地単体ではなく、最終製品の防水透湿性能が保証の対象となるため、ゴア社の厳密な防水性、透湿性に関する品質試験を受けて、認証を得てからでないと世に出すことは出来ない。そのため、デザイン、素材、縫製などあらゆる面で制約やルールがあり、それらをサンプル段階でゴア社の品質テストをクリアしないと展示会に出すことすら出来ないという。
日本においてGORE-TEX を展開する、日本ゴア合同会社の平井氏は次のように話してくれた。
平井 : ゴア社は“生地屋”ではあるのですが、少し独特なビジネスモデルを持っています。コアとなるGORE-TEX メンブレン(※防水透湿をかなえるフッ素樹脂を薄いフィルム状にしたもの)があり、それに表地や裏地と張り合わせたものをメーカーさんに卸す仕組みですが、その組み合わせは何万通りもあり、それをひとつひとつ検証しながら進めます。そしてただその生地を販売するだけではなく、最終製品に対してメーカーさんと工場さんと一緒に品質を守っていく独自のスキームがあります。非常に手間もコストもかかるやり方なのです。
日本ゴア合同会社 GORE-TEXブランド マーケティング担当 平井康博氏
「使うのに契約書や工場の認定が必要。そんな生地メーカーは他にないですから」と藤井は苦笑する。nonnativeでは、ライセンス承認が降りた後は国内のGORE-TEX の研究所で「キッチリとした講習」も課せられたという。
当時日本のファッションブランドがGORE-TEX を多く採用した背景には、90年代にアウトドアファッションが日本に根付き、新鋭のデザイナーたちがそれを求めたという側面もあるが、2011年に日本のゴア社がグローバル傘下になるまでは、ある程度日本の裁量やロット基準で物事が進めることが出来た事情もあるという。
2013年にGORE-TEX から業界向けに発行された、日本のアパレルブランドのインタビュー冊子
そのため2000年台後半から2010年代前半は、限られた数ながらも日本のインディペンデントなブランドがこぞってGORE-TEX を採用したアイテムを作り、ストリートにも定着して行った。
しかし「それはGORE-TEX グローバルで考えると、かなり特殊で異例な状態でした」と平井氏は振り返る。当時まだ他国ではファッションアパレルにGORE-TEX を採用するブランドはほとんどなかったという。
GORE-TEX は人類を進化させた?
ここでいま一度GORE-TEX 素材について、平井氏の説明をもとにまとめてみたい。
GORE-TEXブランドを展開しているのはアメリカの企業、W.L.ゴア&アソシエイツ。GORE-TEX メンブレンは、創業者ビル・ゴアの息子であるボブ・ゴア氏が1969年に「PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)」というポリマー素材を、ある条件下で急速に延伸させたことがきっかけで、「ePTFE(延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン)」という素材の開発に成功して生み出された。
この ePTFE から、薄い膜状の素材GORE‑TEXメンブレンが作られる。GORE‑TEXメンブレンは、1平方センチメートルに14億個の微細な孔を持ち、高い防水性はありながら、湿気は逃すという透湿性があったことから、1976年にGORE‑TEXファブリクスを採用したアウトドアウェア第一号が世の中に登場した。
ちなみにGORE‑TEX ファブリクスを最初にウェアに起用したブランドは、Marmot(マーモット)とearly winters(アーリーウィンターズ)。シューズでは現在も名品の誉が高い、 Danner社のDanner Light(ダナーライト)だったという。その後、GORE‑TEX プロダクトはさまざまなアウトドアブランドが採用し、それは開発から50年近く経った現在も続いている。
なぜアウトドアブランドがGORE‑TEX素材を採用するのか。それは特に登山などの際、天候の変わりやすい山での降雨をGORE-TEX の防水性能が雨の浸入を許さないだけでなく、山頂を目指す途中で汗をかいても、その湿気を外に逃してくれるので、寒冷な山頂に辿り着いた時も身体の冷えを防いでくれるから。つまりその機能がパフォーマンスにも影響し、生命の危機を救ってくれる可能性もあるからだ。
アウトドアアパレルやシューズ、そしてファッションの世界にもその名が浸透したGORE‑TEXブランドだが、日本ゴア合同会社の平井氏によると、W.L.ゴア&アソシエイツにおけるGORE‑TEX製品の売上は、一部でしかないという。
平井 : 会社としてはフッ素樹脂のePTFEの加工をコア技術とした科学材料メーカーです。その供給先は医療現場使われる人工血管などの手術用デバイス、産業用資材から電子機器など多岐に渡ります。身近なものですとBluetoothのイヤホン、スピーカーや防水のスマホにも素材を供給しています。
つまりGORE‑TEXメンブレンの素材が持つ多彩な性能は、現在我々が何気なく使っている物の中や、人命に関わるようなシリアスな現場においても重要な役割を果たしているのだ。ある意味でGORE‑TEX は、人類を進化させた発明のひとつ、と言えるのかもしれない。
“ファッションの敵は天気”
藤井 : 大量に生産しているアウトドアブランドですら、ゴア社全体の中でのシェアは決して高いわけではないので、ウチのようなレベルのところが使っているのは本当に微々たるもの。むしろずっと使わせてもらっていることの方が不思議です(笑)。
そう藤井は謙遜するが、実は藤井はファッションにおいてGORE‑TEX製品の活用の幅を広げた立役者としてゴア社の中でも認知されている。なぜそう認知されているかを説明するには、藤井がGORE-TEX 素材を取り入れている背景、そして服作りにおいて確固とした理論や美学を持っていることを知る必要がある。
藤井 : 「ファッションの敵は天気」なんです。旅行が一番の例ですが、旅先の天候って分かりにくいじゃないですか。荷物は極力減らしたいけど、滞在中に雨が降るかもしれない。僕はそれを懸念してわざわざもう一着アウトドアブランドのシェルを持っていきたくないし、できれば普段と変わらない格好でいたい。どこに行っても、できるだけ服のテンションを変えたくないタイプなんです。
そうした藤井の考えはnonnativeのさまざまなアイテムに反映されているが、中でもそれが顕著に現れているのがGORE‑TEX素材やWINDSTOPPER素材を使ったアイテムと言える。
藤井 : 天候が読めないときでも、GORE-TEX だったら安心感があるじゃないですか。だから旅行にはGORE-TEXを持っていきます。とウチではWINDSTOPPER®のアイテムも多いのですが、ウールのアウターでも風は通さないし、透湿性もある。GORE-TEX プロダクトは縫い目にシームテープを貼り防水性を確保する必要がありますが、WINDSTOPPER®にはシームテープを圧着する必要がないので、服のデザインに制約が少なく、より日常での実用性が高いウェアをつくれるんです。同じウールのアウターでも、WINDSTOPPER®なら生地を厚くする必要もないので、結果的に服自体を軽くすることもできます。
フットウェアに革新をもたらした? 藤井隆行のGORE-TEX 使いの美学
現在日本のドメスティックブランドでGORE‑TEX のライセンスを得ているのは、nonnative、White Mountaineering(ホワイトマウンテニアリング)など含めてわずか数社。その中でもnonnativeは、アパレルとシューズ両方のライセンスを持つ唯一の存在だという。そして藤井がGORE‑TEX の可能性を押し広げた功績として顕著なのが、シューズにおけるGORE‑TEXの使い方だ。
藤井は過去GORE-TEX を使った2つのパイオニア的名品シューズを生み出している。そのひとつが、キャンバス製ローテクスニーカーへのGORE‑TEX の搭載だ。
藤井 : 今でこそCONVERSE のインラインでもGORE-TEXのモデルは出ていますが、当時僕や友人を悩ませていたのは、「雨の日にCONVERSEが履けない」ことでした。だから雨の日でも履ける似たタイプの靴を作ったんです。
2025年春に発売予定のスニーカー
そしてもうひとつの傑作は、REGAL(リーガル)とコラボレーションして作った、GORE‑TEX 搭載のレザーシューズ。
藤井 : 当時知り合いで「Alden(オールデン)を履いてきたけど、雨なので脱いで帰る」と本当に裸足で家に帰った人がいて(笑)。それってヘンだし、お洒落な行為と言えないじゃないですか。それでREGALさんに「ウィングチップの革靴にGORE-TEXを使えないか?」とお願いしたんです。当時からREGALのビジネスシューズやウォーキングシューズにはGORE-TEXを使っているモデルはあったのですが、それをファッションアイテムとしての革靴で提案したんです。GORE-TEXの革靴は普通の靴づくりと違って防水性を確保するために釘も打てないですが、それでも本格的なグッドイヤーウエルト式製法にこだわって作りました。25SSで改めてコラボレーションもするのですが、すごくやりやすくなりました。
平井 : 藤井さんが当時作ったバルカナイズ製法のスニーカーやファッションアイテムとしての革靴にGORE-TEX を採用するのは画期的でしたし、結果的に日本でのその実績がベースになって、今はグローバルでもローテクスニーカーや革靴にGORE-TEX を搭載することが普通になりました。
2025年春に発売予定のREGALとのコラボレーションシューズ
今や街履きのフットウェアでもGORE-TEX の搭載が進んでいるが、藤井のパイオニア的発案と製品化が、各メーカーに何かしらの影響を与えたことは間違いないだろう。
そして藤井なりの美学は、GORE-TEX を使用する際に義務付けられている使用表記にも現れている。今GORE-TEX はひとつのブランドとしても認知されているため、採用した製品にデザインとして大きく「GORE-TEX」と表記されているものも珍しくない。しかし、藤井はなるべくその表記を目立たないようにしてきたという。
藤井 : もしかしたら「GORE-TEXブランドとコラボレーションしている」という感覚のブランドもあるのかもしれないけど、僕の中ではあくまで素材として使わせてもらっている意識だし、あまりそれを前面に出す必要はないと思っています。着た人、履いた人本人が実感してくれればいいものだと思っているので。
この言葉、そしてプロダクトを見ても、藤井があくまで“ファッション”を軸にデザインし、補足的にGORE-TEX素材の性能を使っていることが伝わってくる。そこがまたゴア社としても長きにわたって取り組みを続ける要素だと平井氏は語ってくれた。
2024年10月に発売されるASICS のGEL TERREIN とnonnativeのコラボレーションモデル。GORE-TEX プロダクトテクノロジーを搭載しながら、スウェードレザーを使うなど、藤井らしいデザインが発揮された一足。
時代とともに進化するGORE-TEX PRODUCTS
その誕生から50年近くが経過したGORE-TEXプロダクト。同種の機能を持つ素材も多く出てきてはいるものの、その存在はなかなか揺るぎないと言える。技術の進化が繰り返される中で、GORE-TEX が50年近く防水透湿素材の代表として君臨しているのは驚きだが、それだけその発明は革新的で、その後も進化をし続けてきたからだろう。
[INFORMATION]
nonnative
https://nonnative.com
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GORE-TEX BRAND
https://www.gore-tex.com/jp
https://www.instagram.com/goretexjp
GORE-TEX STUDIO
https://www.instagram.com/goretexstudio/
藤井 隆行 | Takayuki Fujii
1976年生まれ。武蔵野美術大学を中退後、大手セレクトショップのスタッフを経て、2001年にnonnative のデザイナーに就任。ワークウェアやミリタリーをベースに、シンプルながら機能性とディティール、シルエットを追求した“東京の服”とも呼べるブランドを形成。近年はUNDERCOVER 高橋盾とともにOZISM(オジズム)も手がけている。
https://www.instagram.com/takayuki_fujii_/
[編集後記]
藤井さんに「機能とファッション」について最初に話を聞いた取材は、15年くらい前のことだ。当時もGORE-TEX に話は及び、その知識や深い考察に感銘を受けた記憶がある。今回久しぶりにその機会を得たが、藤井さんがこれまでゴア社と作ってきたこと、そして現在も続く関係性は相変わらず興味深かった。また今回は、日本ゴア合同会社の平井さんにご参加いただいたことで、さらに深掘りが出来た取材となった。なんとなく着ていたGORE-TEX 製品に対する理解が深まり、着ることがより楽しみになっていただければ、編集冥利に尽きる。(武井)