
Text by Takaaki Miyake
冬のワードローブにおいて、ダウンウェアはもはや単なる防寒具ではない。過酷な環境下でも身体を軽やかに包み込むため、素材や構造、縫製に至るまで、そのすべてにブランドやデザイナーたちの哲学が潜んでいる。
プロフェッショナルなアスリートやアウトドアフィールドのために開発されたテクノロジーは、やがて都市へと流れ込み、ファッションとしての輪郭を獲得してきた。ダウンウェアが“ギア”からファッションステートメントへと進化してきた背景には、技術だけでなく、思想や環境が密接に関わっている。
DESCENTE(デサント)がトップアスリートと共に、スポーツパフォーマンスウェアの分野で培ってきた経験や技術を活かし、クラフツマンシップとファッション性を融合させたハイエンドコレクション、DESCENTE ALLTERRAIN(デサント オルテライン)もその例外ではない。中でも随一の存在感を放つ水沢ダウンは、その進化を静かに、しかし確実に体現してきたプロダクトだ。
そして今回、その象徴的な一着を生み出し続けてきた、岩手県・奥州に拠点を構える水沢工場が、2025年7月、新たな姿へと生まれ変わった。そこは単なる生産拠点ではなく、日本のモノづくりの現在地を示すと同時に、効率や生産性だけでは語り尽くせない、働く人、空間、そして未来までを内包した場所だった。

1970年に東北デサント株式会社の「水沢工場」として設立されたこの工場は、55年にわたりスキーやスケートのレーシングスーツをはじめとする高難度な重衣料を手がけてきた。極限状態でのパフォーマンスが求められるウェアを生産し続けるなかで蓄積された経験と技術は、決して途切れることなく、現在も受け継がれている。


まずエントランスに入ると、約10メートルにも及ぶパターンボードが出迎える。水沢ダウンの原点であり最人気モデル「MOUNTAINEER(マウンテニア)」Sサイズ1着分の全裁断パーツを配置したこのボードは、工程数の多さや構造の複雑さ、そして多くの人の手を経てプロダクトが完成していく過程を視覚的に伝える。訪れる人への演出であると同時に、日々ここで働く人々が自らの仕事に誇りを持つための“装置”でもあるという。

そんな新たなフェーズへと突入した水沢工場では、生産数を増やすことよりも、さらなる技術の開発と、より良いモノづくりを実現するための環境を目指した。旧工場では8棟に分かれていた生産機能を1棟のワンフロアに集約。材料の入荷から最終的な出荷までを、生産工程に沿ったコの字型の導線で構成することで、よりシームレスな体制に。原反や副資材、ダウン、完成品と用途別に設けられた3つの入出荷プラットフォームは、作業全体の流れを滞らせることなく、無駄を最小限に抑えるための設計になっている。
だが、この工場で印象に残るのは、効率化や自動化を前面に押し出した“無機質さ”ではない。
工場内には18歳から70歳を超えるまで、年齢も体力も異なる従業員が各工程をつなぎながら生産を行うことを前提に、完全バリアフリー設計が採用されている。台車は補助器具ではなく、生産活動における重要なツールとして再定義され、ラックや作業テーブルもすべて可動式。個々の作業者の体格や好みに応じて高さを調整できることで、作業効率と身体への負担軽減の両立を図っている。
導線が長くなりがちな箇所には無人の自動搬送機を導入し、人の手を必要としない工程はテクノロジーに委ねる。一方で、水沢工場が決して手放さない領域も確かに存在していた。
効率だけを考えれば自動化も可能かもしれないフェザーの検品も、最終的な品質を担保するために、あえて人の目と手を介在させる。ピンセットを使った羽毛の状態や微細な異物を見極めるその細やかな作業に見られるように、“ハイテク×アナログ”の共存こそが、水沢ダウンを唯一無二の存在たらしめている理由の一つだ。

さらに新工場では、作業工程の天敵とも言える“風”の出ない輻射熱冷暖房システムを採用。高い気密性と断熱構造によって、年間を通して安定した温度環境を実現している。ダウンフェザーの飛散や糸揺れといった生産上の課題に対応しながら、作業者の健康や快適性にも配慮する。休憩スペースやフォンブース、体調不良時に横になれるベッドの設置など、工場は“生産する場所”である以前に、“人が長く働き続けるための場所”として設計されていることが伝わってくる。
量を追わず、質と思想の追求。その姿勢は、工場というハード面だけでなく、今回あらためて発表されたプロダクトにも明確に表れている。
新工場の竣工を記念して、水沢ダウンの特別なモデルが2025年11月にリリースされた。その中でも象徴的なのが、中身のダウンが透けるほど薄く、繊細な表情を持つナイロン素材を採用した「LUCENT」は、従来の“防寒着としてのダウン”というイメージを静かに裏切る。カラーには岩手・奥州の自然からインスピレーションを得たフィルミーブルーとペールカーキを採用。
澄み渡る空や果てしなく広がる海を思わせるフィルミーブルーは、光と風をまとったような軽やかさを湛え、森林を包み込む草木の息吹を想起させるペールカーキは、柔らかな陽光に照らされたリーフのような落ち着きを纏う。いずれも、機能性を前提としながら、自然との距離感を再定義するような色彩だ。
また、DESCENTEの創業90周年を記念した「MOUNTAINEER 90TH MODEL」は、水沢ダウンの中でもハイスペックモデルとしての完成度をあらためて提示する一着。
そして2024年秋冬シーズンに初登場した「CARRY」は、ポケッタブル仕様による軽量性と、ディテールを極力内側に潜めたミニマルなデザインによって、水沢ダウンの新たな可能性を示している。
これらのモデルに共通するのは、単なる豊富なラインナップではなく、新しい水沢工場で培われていく思想や環境が、そのままプロダクトに反映されている点だ。
ハイテクノロジーによる更新と、人の手による最終的な判断。その両立が、プロダクトの佇まいにまで滲み出ている。
アパレルの国内生産量が衰退を辿る一方で、なぜ今、このタイミングで工場を大々的にリニューアルするのか。その明確な意思や日本のモノづくりが向かうべき一つの方向性すら、この記念モデルからは静かに感じさせる。
効率やスピードだけでは測れない価値を、工場という場所から、そして一着のダウンというかたちで提示すること。その積み重ねが、水沢ダウンというプロダクトの輪郭を、これからも未来へ向けて確実に更新し続けていくのかもしれない。








