インタビュー アーティスト KYNE の現在地
2024.03.30
KYNE

地元・福岡での大規模個展に向けて語る自身のルーツ、女性像の成り立ち

Edit & Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)

クールでスタイリッシュ、そしてどこか芯の強さが感じられるアイコニックな女性像を描くアーティストとして、今や世界的人気を獲得しているKYNE(キネ)が、2024年4月20日(土)より福岡市美術館において大規模な個展「ADAPTATION-KYNE」を開催する。

これまでギャラリーや国内外のアートショーで展示を重ねてきたKYNEだが、公立美術館での展示は今回が初。会場となる福岡市美術館があるのはKYNEの出身地かつ、現在も創作の拠点でもあるため、いわゆる“凱旋”ではなく、アーティストの現在進行形を、その活動の地で感じることの出来る展示となりそうだ。

今回HONEYEE.COMでは、展示に向けて多忙なKYNEにオンラインでのインタビューに成功。最新の創作状況だけでなく、そのルーツ、そしてアイコニックな女性像に込められた意図に至るまで聞くことが出来た。世界のアートシーンの目をFUKUOKAに向けさせたKYNEの現在の境地とは。

福岡のコミュニティから

KYNE

― KYNEさんの名前がストリートやファッションの方面に一気に浸透したのは、2017年のKIYONAGA&CO.での展示あたりからかと思うのですが、KYNEさん自身はどのように捉えていますか?

KYNE : そうですね。でもファッションの人に認知されたのは、それより前に俳優のムラジュン村上淳)さんが雑誌や色んなところで紹介してくれたのが最初だと思います。確かにギャラリーでの展示は2017年頃から始まったので、その頃からさらに認知は広まったかもしれません。

― ムラジュンさんとの出会いはどういう流れだったのですか?

KYNE : 10年くらい前、ムラジュンさんが半年に1回くらいDJとして福岡に来ていて、その頃に街に貼ってある僕のステッカーをご覧になって、僕に会いたいと言っていると人づてに聞いていたんです。ただ当時はグラフィティアーティストとして顔も出していなかったので、どうなのかなと迷ってそのままにしていて。1年ぐらい経って、少し怖いけど会ってみようかなという流れでした。

― KYNEさんはそれ以前から福岡の街の人とのコミュニティはあったのですか?

KYNE : 色んな形で街のコミュニティには顔を出していました。福岡は小さな街なので、誰かと知り合ったら共通の知り合いがいる感じですし。

― その後は(元SOPH.)清永浩文さん、藤原ヒロシさん、ミュージシャンではテイ・トウワさん、tofu beatsさんなどとお仕事をした経緯もありますが、こうした繋がりはどのように生まれて行ったのでしょうか。

KYNE : 清永さんはお店(KIYONAGA&CO.)を作る前に福岡にも拠点を作られて、色んな場所でお会いするようになりました。テイさんやtofu beatsも地元のイベンターの方を通じて紹介いただいて、ヒロシさんは確か清永さん経由で知り合ったと思います。どの出会いも福岡にいて生まれたものなんです。

― 皆さんそのアンテナや審美眼が非常に信用されている方々ですよね。特に清永さんやテイさんは現代アート愛も強いコレクターでもあります。

KYNE : そうですね。清永さんもそうですし、テイさんもバリー・マッギー五木田智央さん、KAWSとか、有名になったアーティストが今ほどの存在になる前からアルバムJKでコラボレーションしたり、常にアートを探している感じの方なので、仲良くさせていただいてありがたいなと思っていました。

グラフィティと日本画の両軸

KYNE

― 大学で日本画を学んでいたということですが、そもそもなぜ日本画に惹かれたのでしょうか。今の作品にも繋がっている部分もありますか?

KYNE : 高校時代からデザイン科で美術を総合的に学んでいたのですが、大学に入ってせっかく4年間勉強するなら、やったことのないことやろうと選んだのが日本画でした。もともと平面的だったり、動きの少ない絵の方が好きだったので、興味がありました。

― 具体的に好きだった日本画家はいますか。

KYNE : 松井冬子さん、町田久美さんのような日本画出身で活躍されている方、村上隆さんも日本画出身ですし、あとは会田誠さん、山口晃さんなど日本的なものを描いている方が活躍していたタイミングだったので、そういう部分での興味もありました。それとは別に平山郁夫さんとか、日展、院展のようなものも好きで観に行っていました。

 そうした絵画のメインストリーム的なところへの興味と並行してグラフィティも?

KYNE : 別物として同時並行でした。小学生の頃からグラフィティを見るのが好きで、中学生になったら友達とスケボーしながらグラフィティの真似事みたいなのをスケートスポットに描いたりしていて。大学になった頃に街で描いている先輩たちと知り合って、本格的にグラフィティの世界に入って行きました。

 KYNEさんのグラフィティ時代はどういう風に作品を置いていったのですか。

KYNE : スプレーだったときもありますが、主にステッカーやポスターでやっていましたね。最初は自分の名前を描いていくスタイルで始まって、そこからキャラクター的なものを描いてみたり、グラフィティのルールとマナーの中で自分のスタイルを探してきました。

 具体的に影響を与えたアーティストはいますか?

KYNE : 地元で昔から描いていた先輩たち、あとは日本で最初に文字じゃないグラフィティを始めたKAMIさん、あとはQPさん、その後の世代でESSUさんとかが東京で大型のポスターを積極的にやっていて。そういう人たちからはすごく影響を受けました。

 地元も東京のシーンも見ていたということですよね。確かに東京も10年、15年くらい前はかなりグラフィティが熱かったですよね。最近は少し大人しくなってしまった感じもします。

KYNE : そうですね。やっぱり東京オリンピック前後での開発が影響しているかもしれません。

福岡にこだわる理由

KYNE

 KYNEさんは現在も福岡をベースに活動されていますが、東京に出ず、福岡にこだわる理由はなんでしょうか。

KYNE : 自分のルーツというのもあるんですけど、美術系は大学になるとみんな関東に出ていってしまうんですね。実際自分も大学卒業後に関東に出ようとしたのですが、震災があったりで頓挫して。そうこうしているうちにSNSが普及したり、地方に移住する動きも出てきて、逆に東京に住んでいたら会えないような方たちと知り合える場面が増えて来たんです。東京で自分くらいの年齢で絵を描いている人間が清永さんと知り合うというのはなかなかないと思うのですが、福岡だとコミュニティが小さいのでそれがあり得たというか。「東京に行かなくても出来る」というのを示したい気持ちもありました。

― 色々な流れもありつつ、むしろ福岡の方がいいと。

KYNE : あと、東京を中心とした美術のコミュニティは、アカデミックな人たちほどマジョリティを批判する割に、東京一極集中の一員になってしまっている気がするんです。もちろんそうじゃない人もいますけど、現代美術の人たちが地方が全く見えていないのはどうなのかなという思いもあって。

 少し反骨心というか、遠くにいるから見えることを体現したいというか。今回大規模な個展を福岡市美術館で開催するというのも、その意思の一つのような感じがします。ここでは2020年から2022年まで、KYNEさんの横13mの巨大な壁画ペインティングが展示されたとのことですが、そこにはどのようなストーリーがありますか?

KYNE : 壁画は美術館のリニューアルのタイミングで、一緒に何かをしませんかと提案をいただきました。グラフィティの文脈からも壁画は合うし、期間を決めて次のアーティストにリレーしていく感じがいいのではないかとご提案して。そのあたりから、いずれ個展をやりましょうという話になって今回に繋がっています。

ADAPTATION = 適応

KYNE

 KYNEさんの中では、自分の創作活動がアートの文脈の中に入っていくのは、当初から想定していたのですか? それとも少し“意外な発展”として感じていますか?

KYNE : グラフィティはグラフィティ、日本画などの美術は美術で、そんなに交わるものではないと思っていたので、自分のようなグラフィティから派生した作品が美術として受け入れられるとは思っていませんでした。以前はKAWSが美術館で展示されることも想像していなかったし、一般の人がみんなBanksyを知っている世の中になるとは全く思っていなかったですね。

 そういう意味でも美術館で個展をするのは想定外ということですね。今回は国内の公立美術館での展示として初になるかと思いますが、これまでと何か違いはありますか?

KYNE : 僕の作風はグラフィティから派生しているので、以前は同じ面積でいかに強いインパクトを残すかという画面構成でしたが、数年前から徐々に1枚でも絵画性のあるものにシフトしていて、今回も絵画的なモチーフ、構成を意識しています。立体作品も展示するのですが、すごくオーソドックスな彫刻像をモチーフにしています。通常“古典”を取り入れる際は皮肉なども含まれたりすると思うのですが、自分は素直に好きな部分があるので、あえてそのまま取り入れています。

― タイトルの「ADAPTATION(適応)」は意味深な感じがするのですが、どのような意図が隠されているのでしょうか。

KYNE : 自分の描き方は、グラフィティの世界の中での「効率」や「ルール」から生まれた部分が大きいと思っているんです。グラフィティでは短時間、最低限の作業量で画面の中の最大の効果を狙うのですが、僕の作品ではそれが顔のトリミングの仕方、色数、線の数を生み出していて。環境に「適応」していくうちに作風が出来上がっていたので、ADAPTATION(適応)というタイトルに辿り着きました。

時代性と対峙する“KYNE Girl”

KYNE

― KYNEさんの描く女性像には、モデルとなるような女性がいるのですか?

KYNE : 特定の人はいません。どこか平面上の構成物みたいな感じで捉えています。

― それでも非常に魅力的に映るのが不思議ですが、「女性像」というのは時代によって変遷しますよね。平安時代の巻物や江戸時代の浮世絵に描かれた女性は今の感覚では「美人」とは言い切れないし、漫画に描かれた女の子も含めて、時代と共にカワイイの基準も変化します。さらに現代はメイクや髪型のトレンドも目まぐるしく変わる中で、KYNEさんが描こうとしているのは、「一つの時代の美」なのか、もっと「パーマネントな美」なのか、どちらの意識が強いですか?

KYNE : なるべく直接的、短期的な“時代の象徴”みたいなものを扱うのはやめて、時代とか自分の感情というより、オーソドックスなものを描こうと意識はしています。

― ある種の“時代耐性”があるようなものを描こうとしている。

KYNE : そうです。その上でのちのち“その時代っぽさ”が出てくるのはアリなのかなと。意識しているのは、自分がグラフィティやストリートの文脈から出てきて今があるので、ストリートっぽい要素をそんなに入れていないというか。むしろ逆に自分が別軸で好きな、いわゆる“売り絵”と呼ばれるような日展や院展のような団体展で描かれる典型的な女性像とか静物画の要素を取り入れています。

― むしろそのオーソドックスさを取り入れて。

KYNE : 音楽だと例えば「80年代オマージュ」だったり「リバイバル」みたいなことが起こったりするんですけど、画壇の世界は音楽よりも進み方がゆっくりなので、そういう絵画は現行で存在するし、その面白さを取り入れることで、よりざっくりと“現代”というものを捉えられるんじゃないかと考えているんです。

― ある種時間が止まったようなものを参照しながら、自分のストリートな部分を抑制することであの作品群が生まれているのですね。

KYNE : 本当にストリートが好きな人たちって、ストリートなモチーフが好きなわけじゃなくて、アクションだったり、発表の仕方が大事な部分だと思うんです。なので、そうじゃない場面にストリートっぽいモチーフを持ってくるだけというのは違うのかなと。そこにもう一度オーソドックスな絵画の要素を取り入れてみるところに自分のアイデンティティはあると思っています。

― 今KYNEさんの作品は、グッズになったりブランドとコラボレーションをすることも多いですよね。例えば村上隆さんなども積極的にマーチャンダイズなどを展開しているので現代的手法とも言えますが、“視覚的慣れ”とか“流行”の中に入ってしまうこと対する危惧を感じたりすることはありますか?

KYNE : そこはある程度抑えたりもしているんですけど、そもそも自分が出てきているところや影響を受けているものはアパレルやファッション雑誌の方が大きい部分もあるので、それも含めて侵食して行くのも一つの表現だったりするのかなと思っています。KAWSとかバリー・マッギーも美術雑誌に紹介される前にファッション誌に多く載っていたりして、自分もそういうものにワクワクさせられたので。

― いまKYNEさんの人気は日本を飛び出て海外まで及んでいます。この現象をどのように捉えていますか?

KYNE : 自分でそこまで実感はないですけど、世界的に先を進む日本の作家の一員になれているなら嬉しいですよね。先ほども話に出たKAWSも、アメリカ人だけどNIGO®さんや裏原のカルチャーから海外に出て、その逆輸入だと僕は思っていて。村上隆さんや奈良美智さん、草間彌生さんなど、日本の50代以上のアーティストやクリエイターの人たちが日本のカルチャーを底上げしてくれていると思うので、自分がその時代に同時にいられているというのがラッキーなんだと思います。

【INFORMATION】
「ADAPTATION – KYNE」

会場 : 福岡市美術館 2階 特別展示室
会期 : 2024年4月20日(土)〜6月30日(日) 
開館時間 : 午前9時30分〜午後5時30分 ※入館は閉館の30分前まで 休館日:月曜日 
※4月29日(月・祝)、5月6日(月・祝)は開館し、翌4月30日(火)、5月7日(火)が休館 
料金 : 一般1,700円(1,500円)、高大生1,000円(800円)、中学生以下 無料 ※ ( ) 内は、前売り、20名以上の団体、満65歳以上の割引料金

チケット(発売中) : 
ARTNEチケットオンライン https://artne.jp/tickets
ローソンチケット (Lコード:83210) 
チケットぴあ (Pコード:686-853) 
主催:KYNE展実行委員会 企画協力:GALLERY TARGET 
特設サイト https://adaptation.kyne.jp/
https://www.instagram.com/adaptation.kyne

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10 questions to KYNE

  1. 最近のルーティンを教えてください。

昼頃アトリエに来て、夜まで作業して帰るというシンプルな感じです。
特に最近は個展に向けた制作も忙しかったので。

2. 東京でお気に入りの場所は?

主に原宿表参道界隈で仕事なので、Lotusはいつも行きます。
あそこは変わらないし、落ち着きますね。

3. いま福岡で今一番面白いと思う場所やお店は?

友人でもあるのですが、本屋青旗Ao-Hata Bookstore)。
福岡にいると広範囲にカルチャー的な話をできる人が多くないので、そこで色々教えてもらったり、情報交換をしています。https://aohatabooks.com 

4. 自分の中のスタンダードになっている洋服や靴は?

最近はGramicci のパンツですね。
ベルトも要らないし、楽なのでいつも穿いています。

5. いま一番欲しいものは?

乗り物が好きなので、今はガレージが欲しいです。

6. ずっと聴き続けている音楽は?

氣志團。 
中学生の頃に姉が借りてきたVHSを観て衝撃を受けました。
以前ドラムをやっていたユッキ(白鳥雪之丞)と10年前くらいに知り合って、今は綾小路翔さんとも交流させていただいています。

7. 絵を描いていなかったら、今頃何になっていた?

独立する前に5年くらいうどん屋さんで働いていたんですけど、その時に色々任せてもらったので、
絵が売れなかったらうどん屋でもいいかなと思っていました(笑)。

8.絵を描くことや制作をすること以外で、今後やってみたいことは?

間接的には出来ているのですが、自分が住んでいる街である福岡市をより面白くする活動に参加できればなと思います。
地域のことやワクワクする街になるお手伝いがしたいですね。

9. 自分が絶対にやらないことは?

絶対とは言い切れないんですけど、東京に移住すること、福岡を出ることはないと思います。

10. 「女性」とは?

言語化が難しいのですが、絵画における女性像は匿名性が高くてニュートラルな存在だと思います。そういう考え方が自分の作品にも反映していると思います。

Profile
KYNE | キネ

1988年福岡生まれ。大学時代に日本画を学び、2006年頃から地元福岡にて活動をスタート。2010年頃に1980年代のカルチャーからインスパイアされたクールな表情の女性を描く現在のスタイルを確立し、アパレルブランドとのコラボレーション、CDジャケットのイラスト、広告などを通して、国内外で大きな注目を集める。ギャラリーや国内外のアートショーでも展示を行い、2024年4月に国内初となる美術館での大規模個展として、福岡市美術館で「ADAPTATION-KYNE」を開催する。今回の展示では、巨大な新作壁画を含む、絵画、版画、ライトボックス、立体、ドローイングなど、約150点を一挙に公開予定。
http://kyne.jp
https://www.instagram.com/adaptation.kyne/
https://www.instagram.com/route3boy/

[編集後記]
以前より話を聞いてみたいと考えていたアーティストのKYNEさん。今回の福岡市美術館での展示に際し、本当は現地に赴きたかったのだが、諸般の事情でオンラインでの取材となった。グラフィティアーティストというストリートな出身ではあるが、一連の作品は国内外の現代アートからオーソドックスな日本絵画に至るまで俯瞰した上で生み出していることを知ることが出来た。お話を聞いて、展示が始まったら福岡に足を延ばしてみたいと改めて思った。(武井)